御由緒・歴史

 

伊佐須美神社の由緒・歴史

伊佐須美神社の創祀起源は悠久二千有余年の昔、第十代崇天皇十年四道將軍派遣の時に始まり古事記には「東の方より遣けつる建沼河別、其の父大毘古と共に相津に往き遇ひ給ひき故れ其地を相津と謂ふ」と記録されている如く会津地名発生の伝承社であります。

即ち往き合い給うた時国家鎮護の為、国土開拓の祖神(諾、冉二神)を会津高嶺の聖地、天津嶽(新潟県境)に鎮斎されたのが始まりと伝えております。その後博士山、明神岳を経て欽明天皇十三年(五五ニ)当地にご鎮座されたのであります。

その時大毘古命、建沼河別命二神も合祀奉斎されて以来千四百有余年、歴朝はもとより歴代藩候、別けても会津松平藩祖保科公以来格別の崇敬と庶民の崇敬殊の他篤く、延喜式内「名神大社」光格天皇宣下「伊佐須美大神宮」として崇められ、又戦前は国幣中社として官祭に預かり御社殿の奉修、改築、社領、宝物等の寄進が相次ぎ会津開拓の祖神を祀る殖産興業を守護したもう御神威のもと衆民の崇敬は深く厚いものであります

御神徳(八方除・延命長寿)

伊佐須美大明神は我日本、国土創成の祖神として又会津国を中心に広く東海、北陸、東北をご開拓になられ、農林、水産、漁業、商工、土木建築、交通運輸のあらゆる殖産興業の道を授け給うた会津文化の生みの祖神であり、日常生活に忘れることの出来ない一切生業の守護神であります。

わけても古来より延命長寿、地相、家相、方位、日柄等に由縁ある諸々の災難を除かせ給う八方除の尊い御神威と建築土木、移転等での方除或いは厄除、開運、結婚、旅行、営業、交通、病気等にそれぞれ祈念をこめて限りなき恩頼を戴かれております。

大明神の広大無辺の御加護の下に諸事押し進めれば万事無難に成就すると共に、福徳円満家門は益々繁栄に導かれる御霊験あらたかにましますのであります。

  • 伊佐須美神社外苑 あやめ苑

    桜の見頃 4月下旬~5月中旬

    あやめ祭り 6月15日~7月5日

    あやめ苑のご案内